西郷従道
江戸時代後期から明治の軍人、政治家である。父は西郷吉兵衛、母は政子。兄弟に兄の西郷隆盛ほか。竜助。通称は信吾。本名は隆興、隆道。
薩摩藩鹿児島城下加治屋町に生まれる。有村俊斎の推薦で薩摩藩主島津斉彬に出仕し、茶坊主となる。後に還俗し、斉彬を信奉する精忠組に加わる。薩英戦争にも参加。戊辰戦争においても鳥羽伏見の戦いなどに従軍する。1869年(明治2年)には山県有朋と共に渡欧し、軍制を調査した。1874年(明治7)には陸軍中将となり、同年の台湾出兵の際には番地事務都督として軍勢を指揮する。
1873年には兄の隆盛が朝鮮出兵を巡る征韓論により下野し、薩摩藩出身者の多くも従うが、従道は政府に留まる。隆盛が1877年の西南戦争で敗れて死去すると、薩摩閥の重鎮となる。1884年の華族令制定に伴い、維新時の偉功によって伯爵を授けられる。伊藤博文内閣の海軍大臣、内務大臣などを歴任。1892年には元老として枢密顧問官に任じられる。また同年、国民協会を設立する。1894年に海軍大将となり、1895年には侯爵に陞爵。1898年に海軍軍人として初めて元帥の称号を受ける。
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